私にはもう時間がない

日々の出来事に対する議事録のようなもの

スフィア:スクランブルデイズ 感想

週末。今週は先週に引き続き、割と平穏だった。こんな日々がずっと続けばいいのに。

 

今日は久しぶりにスフィアについて書こうと思う。今週のはじめ12周年を迎えたスフィアの新曲がリリースされた。

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ファンからの写真(動画)を集めたMVも素晴らしいんだけど、今回は特に歌詞の方が印象的だったのでここに記録しておきたい。

 

「だんだん色を変え移ろう世界で」

「まだ繋がっている普通の奇跡」

 

”普通の奇跡”ってどういう意味?と引っかかってしまうけど、それが思考させるトリガーになっているのが上手いなと思う。

 

どんどん加速する社会となり、次から次へと新しいモノが生まれる中、去っていくモノも多いご時世に、彼女たちが12年もユニットを続けていること、そしてファンもそうであることを指すと最初は考えた。

 

でも広義的に見れば家族を始め、友人、会社といった繋がりも同様であるし、年数自体にもあまり意味はないことに気づく。こんな目まぐるしい社会で1年でも3年でも1つのことが続いているのならばそれだけでも奇跡的なことなのでは?と考えさせられる。何なら人生それ自体を続けられているのもスゴイことなのではと気付かされた。

 

「消えていった景色にはいくつもの約束」

 

これも狭義的にはコロナでライブ・イベントに行けなくなったこと示しているけど、広義的には友人同士で会ったり、旅行したり出来なくなったという意味になるし、様々な事情によりファンを止めたことも含んでいるのだろうか。

 

12年も経てば、ほとんどの人が好む好まないに関わらず”変化”を促されてしまう。学生・社会人・仕事・独立・自立・家族・育児。それによって得るモノもたくさんあるけれど、失ったモノも同じだけあると思うと何だか寂しい気分になる。

 

「いつもの場所で会えるまで」

 

先と同様に2つの視点で見ると、スフィアにとってはライブ・イベント会場を指し、一般的には学校を始め、友人とよく行く憩いの場を指していると思える。

 

「もやがかった日々の向こう続きを描こう」

 

この部分、先が見えない今、政治をはじめとする誰かに何とかして欲しいと考え、続きを”自分で”描くことを忘れていた自分に気づきハッとさせられた。同じような歌詞として”変わらないために変わる”というのがあり、これもスフィアの皆さんがよく口にするフレーズだけど、他力本願だけでなく、自分でも何とかやっていく道を探すのが大事であると思い出させてくれた。

 

「消えていった景色にも愛おしさを覚え」

 

スフィアさんらしくていいなーと思えた部分で、ライフスタイルの変化で失ってしまったものをネガティブに捉え過ぎるのではなく、思い出として大切にしようという捉え方を教えてくれる。こういう去っていくモノにもちゃんと触れて、敬意を示すスフィアさんの姿勢が好きです。

 

「積み重ねた時があなたを強くする」

 

最初は”私”で、最後は”あなた”。ここが一番好きで、最初聴いたときはちょっと泣きそうになった。私はいくら自分で自分を励ましても無理に抑えつけている気がして、脳のどこかでブレーキがかかってしまう。だからスフィアの皆さんにいつも通り、爽やかに力強く背中を押してもらえたことが本当に嬉しかった。

 

「だんだん色を変え移ろう世界で」

「まだ繋がっている普通の奇跡」

 

最後は最初に戻ってブレスで曲を締めることで、続きがある、続いていくことを示して、次への希望を持たせてくれる。やっぱりスフィアさんは私にとって人生の灯台であり、応援していてよかったなと思う。

 

ライブ・イベントに行けるような日々はまだ遠い。先は見えないし、ネガティブなことの方がまだまだ多い。でもこの曲でまた元気をもらったので、もう少しだけやっていこうと思うのであった。

 

今日はこの辺で。

この1年の変化

お題「#この1年の変化

 

気付けばコロナが流行して1年。お題を基に1年を振り返ってみようと思う。

 

ちょうど1年前のこの時期、私は東京にライブに行っていた。コロナの感染が街中で発覚しだして、クラスターという言葉が生まれた時期。そのライブへの不参加も表明する人も出始めていただが、私はマスクをしつつライブ以外では混雑な場所を避けるなど個人で対応していた。

 

その後、あっという間に感染は日本中に広がり、緊急事態宣言が発令された。テレワークという言葉が広がったが、私の職場・仕事は業務形態上、何も変わることはなかった。何らなら偉い人の承認を得てまで都市部に出張していたくらいだ。

 

なお今に至るまで私は一度もテレワークをしていない。ずっと家に居るのもストレスが溜まるらしいが、嫌味しか言わない上司と顔を合わさず仕事ができる環境はむしろ羨ましいと思ってしまう。

 

それから季節は進み、春になった。ステイホームの名の下に世間では自粛生活が始まったが、私の方はというと相変わらず出社し続け、何なら例年よりも忙しく、ストレスフルな日々を過ごしていた。

 

仕事は忙しいのに休日の外出は規制される日々。趣味のライブ・イベント・スーパー銭湯・散歩も規制された中、唯一残された趣味であるゲームをすることでメンタルをギリギリ保つことができていたと思う。インドアの趣味も持っていて良かったと思う。

 

夏になって規制が緩和されても生活が変わることはなかった。外出は出来てもライブ・イベントがない。むしろ緩和を機に本社から偉い人たちが次々やってきて”進捗報告しろ!”のオンパレード。仕事のノルマは何も変わらず、休日は何もできない日々。よくもまあ生き残っていたものだ。

 

秋。GOTOトラベルが流行った一方、また感染者が増え始めた。ゲームもやり尽くし、流石に家と会社の往復に嫌気が差していたので連休を利用して実家に帰ることにした。といっても地元で買いものに行くわけでもなく、ただダラダラ過ごしていただけだったのだが、環境を変えるだけでも心身ともに十分気晴らしになった。

 

冬。また一気に感染者が増える。そういえば結局のところ増加の原因は何だったのだろうか。誰もが皆マスクをして、事あるごとに消毒液を使い、至るところにアクリル板が設置されていたのに。何かもう1つか2つ特有の事象がありそうだが、経済的か政治的かはわからないけど、それを言ってはいけない理由があるのかもしれない。

 

12月。私生活で1つの変化があった。諸事情により引っ越しをしたのだ。ライブ・イベントがなく、外出もできない一方で仕事はたくさんしていたので貯蓄は例年よりも多くできており、ワンルームから1LDKに引っ越し、家具家電を一掃することで生活水準を向上させることにした。

 

ベットはふかふかになり、ソファー・テレビは大きくなって使いやすくなった。キッチン回りも広くなったので、久しぶりに自炊をするようになり、コンビニ・外食中心の食生活も一変した。ツラいことの方が多かった1年だったが、この引っ越しは正解だったと思える。

 

年が明け、もうコロナから1年が経つ。つい最近まで仕事で追い詰められ、ストレスと不安から早期覚醒、動悸に悩まされ、休職や転職をつい最近まで本気で考えていた。幸い今は少し落ち着き、今は心身の回復に勤しんでいるところだ。

 

この先は一体どうなるのか全く分からない。次に仕事で追い詰められれば、今度はもうダメだろう。これまではライブ・イベント、それに伴う遠出が心の支えだったが、まだまだ再開までには程遠い。何かもう1つ支えになるようなものが欲しい。

 

悪い意味での変化はもういらない。一方で自力での変化にも限りがある。だからいい意味での変化が次の一年で起こることを社会に期待したい。

 

今日はこの辺で。

3つの出来事

祝日。といってもやることはなく、いつも通り勉強して、料理して、昼寝していたら一日が終わっていた。ちょっとずつ暖かくなっているけど春の風景はまだ遠そうだ。

 

ストレスから解放されたのもあって久しぶりにストレスフリーに過ごせている。そんな中、昨日は色々あったのでここに吐き出しておきたい。

 

1.戸松遥さんご出産

私が応援しているスフィアのメンバー。戸松遥さんがご出産された。

ameblo.jp

昼休みにこのブログを見て「はぁ!?」と久しぶりに心から驚いた声を出した。コロナの中で様々な不安があっただろうに、仕事は普通に続けていて、本当にとんでもないなと感じた。前に進む力、生きる力そのものが違うんだろうな。

 

メンバーからの祝福はもちろんのこと、ネットも驚きと祝福の声で溢れていて、久しぶりに明るいニュースを見た気がした。スフィアの皆さん、そして戸松さんを尊敬していて、応援していてよかったと感じた出来事であった。本当におめでとうございます!

 

2.気にしてくれる人の存在

仕事の面倒事が1つクールダウンしたある日のこと。以前お世話になった人から電話があった。仕事のことかな?と思ったがどうやら違ったようで、ただ私の近況を聞きたかったらしい。

 

その人は私の苦労と状況を知っており、前からちょくちょく気に掛けてくれていた。もう別の場所に異動してしまったが、まだ気になっているらしい。どうも私の性格・能力が昔の自分に似ているらしく、同じような壁にぶつかっていることを察したらしい。

 

ストレスで追い詰められていたし、仕事の悩みを吐き出せ、かつ理解してもらえる相手が周囲にいなかったのもあって、たくさん愚痴を聞いてもらった。アドバイスは特になかったけど聞いてもらっただけでも十分だ。

 

愚痴をこぼすうちに、社内には私のことを気に掛けてくれる人が他にもいることを思い出した。そう思うと自分の人間関係構築力?も悪くないなと思えた。これからも愚痴を聞いてもらうだろうし、こういう関係性は大事にしていきたい。

 

3.失言

愚痴を聞いてもらった後のこと。今度は別の人から相談を受けた。その人も私のことを気に掛けてくれており、しんどうそうな顔をしている時はいつも声を掛けてくれていた。

 

話の内容は仕事のミスだったのだが、私はそれを聞いて否定してしまった。強く言ったわけではなくサラッと指摘したのだが、その人を落ち込ませてしまった。何やってんだ私。

 

そもそもそのミスは構造的なもので、原因はこちら側にある。人のせいではない、仕組みを作った私(たち)に責任がある。すぐに気づいてフォローしたけど後悔を残してしまった。

 

ミスをフォローし次に繋げる。うちの上司が私にやらないことであり、反面教師にしようとしていたのに。明日また改めて声をかけようと思う。失敗を受け入れ、前向きに改善する(させる)。それができるように私はなりたい。

 

今日はこの辺で。

人生の冬

休日。最近ここまで来るのにすごく長い時間がかかっている気がする。しんどい時はこんな感じなんだろうか。

 

今週は遂に?水曜日に半休を取り、帰って熟睡していた。その後も忙しく、仕事は上手くいっていないのだが、メンタルは逆に何も感じなくなっていた。とうとう壊れてしまったのかもしれない。

 

土曜日。朝から趣味に時間を費やしていたのだが、いい天気だったので久しぶりに布団を干した。日光が気持ちよく、水曜日に休んだ甲斐あってか体力も余っていたので散歩に出かけることにした。

 

自転車10分ほど漕ぎ国道に出る。周辺に見える田んぼや山の風景は寂しく、まだまだ冬であることを実感する。今の環境が大きく変わるわけでは無いが、早く春が来て欲しいと思ってしまう。

 

帰宅後、録画した番組やネットラジオYoutubeを見て過ごす。心身ともに余裕があったので少しだけ勉強をすることもできた。ただ心の調子がよくわからない。本当はもっと悩んでいてもおかしくはないのだが不安も何も感じない。

 

今もこうして文章を書くことで心の整理をしているのだが、文章がチグハグしていて、上手くまとまっていない。何かがおかしいのはわかっているのだが、それを直すためにはもっと休みが欲しいと思う。

 

日曜日。今朝も朝から散歩に向かう。ちょっと暖かくなってきたけど、まだ冬の様子が見られる今の時期は朝が清々しく気分も良い。ただその後二度寝をしてしまい今に至る。

 

日々忙しく、メンタルもおかしい今の状態。もっと有意義な時間の使い方をしたいと焦っている。でも何をすればいいのかわからない。

 

趣味に打ち込みたくても、今はテレビかネットしかないので半日もあれば見終わってしまう。勉強は仕事を思い出してしまい、むしろメンタル面では消耗してしまっている。そもそも今の状態を解決したければ、もっと仕事に打ち込むのが正解であるという矛盾。考えれば考えるほど焦りは増している。

 

というか休日がどうあれば私は満足するのだろうか。1.十分な睡眠がとれていること。2.十分な食事がとれていること。3.明日への準備が完了していること。ここまではできているはず。ならば後は何が足りないのだろうか。

 

4.心を落ち着かせ、前向きになること。これが不足しているのだろう。じゃあ何をすれば前向きになるのだろうか。散歩や録画番組を見るだけでは何が足りないのだろうか。

 

答えはわかっている。”外出”だ。ライブやイベント、東京など遠くの都会に行って普段は見られないモノを目にして脳に刺激を与える。いくら家に居ても仕事で凝り固まってしまった思考を変えるまでには至らない。今とは全く別の思想、発想を一度しないと今の状態からは抜け出せないのだろう。

 

よくよく考えてみれば、コロナによってライブ・イベントがなくなってしまってもう1年。その環境に慣れてしまうことと、メンタルの安定とはまた別の話である。

 

ならばどうしたらいいのか。今は何も思いつかない。メンタルは悪くなる一方の中、できるのは焦りから今できていることさえ放棄してしまうのを予防することだろうか。人生そんな時期もあると思って耐え忍んでいきたい。

 

今日はこの辺で。