私にはもう時間がない

日々の出来事に対する議事録のようなもの

不安と恐怖で人を動かす

連休明けからの週末。この3日間、朝の憂鬱を何とかやりくりしながら仕事をしていた。来週に怒られ確定の報告があるが、もうどうしようもないので諦めている分、少し落ち着いている。

それとは別に昨日、偉い人への報告があった。全く準備出来ておらずグダグダだったが、その人は“キレる”タイプの人ではなく、熱意に訴えるタイプだったので色々言われたが、メンタルはほとんど傷付かなかった。

さて、ここで問題。

重要度は同じで、報告する相手(上層部)は別々の案件が3つあるとする。ただし専念できるのは1つだけで、あとの2つのうち、1つは途中で、残る1つほぼ手を付けれないとする。

その3つの優先順位をどうやって決めますか?
私の答えは“相手の性格で決める”だった。(実話)

相手が自分の立場を利用して常に責任、請求、勝負とか“実害”を求めてくるタイプの場合。私のような雑魚は一瞬でメンタルが死ぬので、途中までやったあとは同じぐらい偉い人に任せてすぐ逃げた。

相手が熱意に訴えるタイプの場合。私はほとんど手を付けなかった。怒られても同じ熱意を以て謝罪することで切り抜けるという下策に出たのだ。

結局、私が専念したのは“ダメ出し”をするタイプの相手だった。熱意とかやる気ではなく、仕事それ自体のやり方を否定されるのが一番堪えるのだ。どうにもならない自分の無能さを突き付けられるのが嫌で、不安で、それで専念することにしたのだ。

昨今、コーチング技術も色々あるけれど、人を最も動かさせるのはどの方法なのだろうか?

論理?熱意?スパルタ?恐怖?個人的に残念だと思うのは、少なくとも論理や熱意ではないことだ。そこまで人間は真面目じゃないし、賢くもないと思う。

でも不安や恐怖を煽るやり方が最も効果的だとしたら、それはそれで私がこの社会で生き残れないことを意味する。だからノルマやハラスメントへの規制は社会に今よりもっと浸透して欲しいと思う。

今日はこの辺で。