私にはもう時間がない

日々の出来事に対する議事録のようなもの

秋の夜長

連休2日目。今日は本当に何もしていなかった。惰眠を貪り続け、ようやく体力が回復したので夕方になって思い付きで買い物に出かけた。車を走らせながら周辺の風景を見ると、イチョウの黄色い葉や道路に落葉がたくさんあるのを見かける。午後4時ごろだというのに周辺が既に暗い。どうやら秋から冬に季節が移動しているようだ。

 

ささっと買い物を終えたのに帰る頃には辺りは真っ暗で、冬というかこの時期は本当に夜が長いことを実感する。コロナで外出する機会も減った今、外の暗さが何だかこの世の終わりにすら感じる。ゲームでいう世界崩壊後のような感じで、退廃感ってこういうことを言うのかもしれない。

 

やることがないのでニュースをじっくり見る。案の定?明るいニュースを見かけない。最多記録を更新し続ける感染者。感染の不安を抱えたままの旅行。飲食・観光業どころかほぼ全ての業種にまで影響が出ている不景気。にもかかわらずよくわからない動きをする株価。貧困、不安と不寛容によって引き起こされる事件。オリンピックもどうなるかわからない。

 

私自身に話を移すと、仕事の方はいつ本気で潰されるかわからないプレッシャーがあり、会社では構造改革という名のリストラも始まった。会社都合とはいえ、呑気に引っ越している場合かよ!と自分にツッコみたくなる。もっとスキルアップを!成果を!節約を!貯金を!努力せよ!と頭の中で誰かが叫んでいる。人間関係とストレスで今を乗り越えるのもやっとなのに、先も見越しておかないと人生詰みになってしまう不安。どんなゲームバランスだよ、ハードモード過ぎるだろ。

 

趣味の方は、ゲームは買いたいタイトルもないのでしばらくお休みになりそうだ。旅行といってもライブ・イベントを兼ねて東京の色んな場所をぶらぶらするのが好きだったけれど、今年は2月以降全くできていない。何度かチャンスはあったのにその都度コロナが流行するのだからどうしようもない。

 

博多、広島、神戸、大阪、京都、名古屋 etc. 色んな街に何度も足を運んだことがあるけど、都会のビル群、立ち並ぶ新築高層マンションや住宅地、大きな量販店、オシャレな喫茶店、広い公園、下町の神社にお寺、それらが狭い範囲で一堂に会しているのは東京だけだと個人的には思っている。

 

今日も今日とてスフィアの全曲ライブBD(n 周目)を見ながらこれを書いているけど、もしかしたら映像のような光景はもう二度と見れないかもと思ってしまう。大きな会場に沢山の人が集まって歓声を上げるのは1年そこらでは難しいだろうし、何より私自身がそこまで生き残っている可能性の方が低いと思っている。

 

ただ長い目で見てみると、古代から様々な理由で世界は戦、飢饉、病、貧困を繰り返してきた。書物の中だけだと思っていた歴史の流れを私も辿るのは必然であり、結局は適応することが求められるのだろう。それは自然淘汰とか弱肉強食とか自己責任とかの話ではなく、もっと大きな歴史の流れ、運命とか呼ばれる類のようなものなので、足りない知恵でも絞って毎日をサバイバルしていくしかないんだろうな。

 

何だかキナ臭い話になってきたのでそろそろ止めておこうと思う。何はともあれ自暴自棄にならず、適度に現実逃避しつつ、目の前のことに集中してやっていこうと思う。

 

今日はこの辺で。