私にはもう時間がない

日々の出来事に対する議事録のようなもの

今の不安の原因を探る

木曜日。今日は静かに暮らしていた。とはいえ不安は尽きない。仕事の進捗、失敗できない恐怖、意味不明な上司のアイデア、癇癪、ストレスまみれである。まだモヤモヤしているので、いっそのことしっかり向き合っておこうと思う。整理しながら書いていくので文章として変になるのはご了承ください。(いつものこと)

 

一番大きな案件が一番不安になっている。1つの失敗が命取り、検証1つでもおかしな点があれば阿鼻叫喚が生まれてしまう。検証とは一体何なのか、失敗は成功の基、母は一体どこへ。

 

どう対応していくのが正解なのか、そもそも私は一体何を目指しているのか。理想論から追求していこう。時間をかけて1つ1つをじっくり検証し、最適解を見つける。それができていない。まず第一にじっくり検証するお金も時間もない。推論一発勝負で結果を出さないといけない状況。ここからもうおかしい。

 

第二にじっくり検証できる環境がない。単に人がいないのだが、助けも求めることができない状態。正確には断られたので、当てが外れたというやつである。そこの調整を失敗したのが今の状況を作り上げた根源と言える。

 

前向きに捉えれば、それだけ大きい案件なので、失敗も大なり小なり発生する。この経験が活きる時がいつか来ると思いたいけど、その前に終わってしまう可能性の方が高い。成功者の語る成功論と同じ理屈である。

 

厄介な人物が案件に関わっているのもある。勝つか負けるか、100か0か、敵か味方か、そういう思想を持った”元”上司。かつてその思想から相手(部下)にパワハラモラハラを行い、問題になったことのある人。この人が絡んでいるので仕事がうまく回らない。競合他社といった社外ではなく、社内に戦争を仕掛け、自分の成果のみを追求する姿勢。評価は良くても評判は最悪を体現した存在。

 

協力をお願いするつもりが気付けば戦争になっていた。こちらの要求を拒否&拒否、クレーム&クレーム。頭を下げろ、謝罪しろ、お前らのことなど知ったことか。私は被害者だ。暴言&暴挙のオンパレード。ここが全てのボトルネックである。

 

ならば取るべき手段は何か。最大限の検証とバッファを取り、リスクを踏まえ、最適化する。別の手段もないか考えろ。一旦待つのも上策ではないだろうか。幸いなのはその人が高齢であり、評判も相変わらず最悪であることだ。

 

それともう1つ、今の上司。先日の口論はその後、運よく矛を収めてくれたが、こちらの対処も必要だ。まずは検証結果を確認して、周囲と相談、そのうえで慎重に話を進めていくしかない。ただし悪い結果が出た時点でゲームオーバーなのが厄介。

 

最後の不安の種が”検証”それ自体。サンプル数が圧倒的に足りない。ほぼ一発勝負なので仮に上手くいっても確証が持てないのだ。偶然の成功や失敗に左右される仕事、予算と時間さえあれば・・・。愚痴ってもしょうがない。現実を背負え。

 

視点を変えろ。これも人生なのだと。こんなギャンブルみたいな生き方、いつか破綻する。失敗も含めて人生を長い目で捉えろ。その経験が私には圧倒的に欠けている。

 

最近使われなくなった”人生100年時代”。これの真の意味は100年間、無事平穏に生きられるという訳ではなく、喪失、破滅をしてもなお生き残る方法を確立せよということではないだろうか。

 

投資、M&A、一見いい言葉に見えるが、そこには数多くの失敗も存在している。人生だって同じ、大いなる損失を産み出す経験も存在するのだから、そこで上手く受け身を取れるか否かが今後の人生における必須スキルな気がしている。

 

大分、整理ができてきた。かなり落ち着いてきたと思う。①結果は結果でしかない。冷静に見つめ、そこからどう動くかこそが重要である。②失敗した時に受け身を取れるよう構えろ。床にマットを敷け、体の力を抜け、柔らかい素材を身に着けろ。③時間も使え、環境が悪いのは確かだ。流れを待て。④過去の経験を思い出せ。30年余りだが、今と近い経験が必ずある。そこにヒントもあるはずだ。

 

眠るときに合わせて過去を振り返っていこう。昔の私は同じ状況をどうやって生き残ってきたのか思い出しておこう。

 

今日はこの辺で。