私にはもう時間がない

日々の出来事に対する議事録のようなもの

この1年の変化

お題「#この1年の変化

 

気付けばコロナが流行して1年。お題を基に1年を振り返ってみようと思う。

 

ちょうど1年前のこの時期、私は東京にライブに行っていた。コロナの感染が街中で発覚しだして、クラスターという言葉が生まれた時期。そのライブへの不参加も表明する人も出始めていただが、私はマスクをしつつライブ以外では混雑な場所を避けるなど個人で対応していた。

 

その後、あっという間に感染は日本中に広がり、緊急事態宣言が発令された。テレワークという言葉が広がったが、私の職場・仕事は業務形態上、何も変わることはなかった。何らなら偉い人の承認を得てまで都市部に出張していたくらいだ。

 

なお今に至るまで私は一度もテレワークをしていない。ずっと家に居るのもストレスが溜まるらしいが、嫌味しか言わない上司と顔を合わさず仕事ができる環境はむしろ羨ましいと思ってしまう。

 

それから季節は進み、春になった。ステイホームの名の下に世間では自粛生活が始まったが、私の方はというと相変わらず出社し続け、何なら例年よりも忙しく、ストレスフルな日々を過ごしていた。

 

仕事は忙しいのに休日の外出は規制される日々。趣味のライブ・イベント・スーパー銭湯・散歩も規制された中、唯一残された趣味であるゲームをすることでメンタルをギリギリ保つことができていたと思う。インドアの趣味も持っていて良かったと思う。

 

夏になって規制が緩和されても生活が変わることはなかった。外出は出来てもライブ・イベントがない。むしろ緩和を機に本社から偉い人たちが次々やってきて”進捗報告しろ!”のオンパレード。仕事のノルマは何も変わらず、休日は何もできない日々。よくもまあ生き残っていたものだ。

 

秋。GOTOトラベルが流行った一方、また感染者が増え始めた。ゲームもやり尽くし、流石に家と会社の往復に嫌気が差していたので連休を利用して実家に帰ることにした。といっても地元で買いものに行くわけでもなく、ただダラダラ過ごしていただけだったのだが、環境を変えるだけでも心身ともに十分気晴らしになった。

 

冬。また一気に感染者が増える。そういえば結局のところ増加の原因は何だったのだろうか。誰もが皆マスクをして、事あるごとに消毒液を使い、至るところにアクリル板が設置されていたのに。何かもう1つか2つ特有の事象がありそうだが、経済的か政治的かはわからないけど、それを言ってはいけない理由があるのかもしれない。

 

12月。私生活で1つの変化があった。諸事情により引っ越しをしたのだ。ライブ・イベントがなく、外出もできない一方で仕事はたくさんしていたので貯蓄は例年よりも多くできており、ワンルームから1LDKに引っ越し、家具家電を一掃することで生活水準を向上させることにした。

 

ベットはふかふかになり、ソファー・テレビは大きくなって使いやすくなった。キッチン回りも広くなったので、久しぶりに自炊をするようになり、コンビニ・外食中心の食生活も一変した。ツラいことの方が多かった1年だったが、この引っ越しは正解だったと思える。

 

年が明け、もうコロナから1年が経つ。つい最近まで仕事で追い詰められ、ストレスと不安から早期覚醒、動悸に悩まされ、休職や転職をつい最近まで本気で考えていた。幸い今は少し落ち着き、今は心身の回復に勤しんでいるところだ。

 

この先は一体どうなるのか全く分からない。次に仕事で追い詰められれば、今度はもうダメだろう。これまではライブ・イベント、それに伴う遠出が心の支えだったが、まだまだ再開までには程遠い。何かもう1つ支えになるようなものが欲しい。

 

悪い意味での変化はもういらない。一方で自力での変化にも限りがある。だからいい意味での変化が次の一年で起こることを社会に期待したい。

 

今日はこの辺で。