私にはもう時間がない

日々の出来事に対する議事録のようなもの

現場検証してわかったこと

体調を崩してから半月、久しぶりに出社した。起床した瞬間に猛烈な不安が襲ったりしたけど、パニックにまではならず、思っていたより普通に出社できた。

 

とりあえずリハビリということで特に何もしなかった。100通以上溜まったいたメールを1つずつ見ていき、時系列を追う。営業からの繰り返しの催促、現場でのトラブル、その他催促、色んなことがあったようだ。

 

そのまま朝の進捗会議にも参加する。こちらもトラブルまみれで思わず目をそらしてしまった。隣の人がそれに気づいたようで、「目の焦点が合ってないけど大丈夫?」と言われた。

 

その後は社内を散策して、色んな人と話しながら自分の目で現実を確認する。思っていたよりはマシだったようだけど、自分が起因となった炎上案件はまだ燻っているようだ。「まぁ気にするな」と一緒にやっていた人には言われたけど、そこには疲れや苛立ちがハッキリと見えた。

 

上司やさらに上の上司と軽く話をする。とりあえず今日は体を慣らすこと、こうなった原因、これからは1つのことに集中した方がいい。色々声をかけられた。

 

もう1つ自分が抱えていた大き目な案件のその後を確認する。データは私が動けなくなる前にまとめていたし、何とか終わったらしい。ただ資料からはまとめるのに時間がかかったこと、説明への配慮や工夫など苦戦し続けていた形跡が見えた。

 

もし自分がやっていたとしたら・・・どのみちここで行き倒れていただろうな。運命論は信じていないけど、こうなることは予め決まっていて、どう足掻いても収束したんだろうなと思ってしまう。

 

社内を一周して感じたことは”こんな状況の中に自分も入っていたのか”という思い。距離を取り、客観性を持って自分の職場を見てみた感想だが、”滅茶苦茶”、”手が付けられない”、”多忙”、そんな印象を持った。

 

ちょっと前まで自分も当事者として参加していた。でも目の前のトラブルの多さと苛立ち、忙しさを今の自分は到底受け入れられそうにない。冷静に考えれば、1つ1つに担当者がいるのだから、全てが自分の責任という訳ではない。そうわかっていても見て見ぬフリをするには多すぎる。

 

半日が過ぎた。体はまだまだ動くし、人とも普通に話せる。久しぶりの出社にしては上出来だと自分で自分を褒められる・・・訳などなかった。ここで前のように仕事ができない限り、社会復帰とは到底言えない。社会を嘗めるな。マイペース?笑わせるな。世界はお前のことなど知ったこっちゃない。ふざけるなよ。

 

午後。自分の立ち位置を見つめていく。周りの人たちはせわしなく動き続けているのに自分にだけ仕事がない。”あぁ自分は干されたんだな”そのことにようやく気付く。仮に仕事が元に戻ったとしても潰れるビジョンしか見えず、覚悟もできない。

 

もう1つ現実を見て気付いたことがある。体調を崩すキッカケ。遡ること1年前、上層部からのノルマやプレッシャーに晒されて、”無理”をしてそれを通してきた。そこには1つ1つは些細なことだったけど、多くのミスや間違いがあり、それを見て見ぬフリをしてきた。

 

積み重ねた成果は夏~秋ごろに評価された。ただ同時に積み重ねたミスも溢れ始めていた。それが発覚して上司から怒られることが増えた。仮にちゃんとやっていたとしてもノルマ未達となってどのみち攻められていただろう。まるで詰み将棋のように収束はここから始まっていたのかもしれない。

 

今のコロナ・オリンピックに関するグダグダ、コンコルドの誤謬という言葉のように、規模は全く異なるけど、もう後に引き返せなくなった状態に私は嵌まっていた。それでもトライ&エラーで進んでいけば・・・そう思いながら冬を過ごしてきた。厄介だったのは別の大きな仕事がどんどん増えており、溜まったミスを放置し続けてきた。

 

そして今、そのツケが払えなくなった・・・というのがオチになる。子供のような言い訳だが上司に怒られるのも嫌になっていた。そしてそれを回避するため、さらにツケを重ねる日々。完全に悪循環に嵌まっていた。

 

その現実を明確に認識したのは夕方。今後のことを上司に相談しようと思った時、怒られた光景がフラッシュバックしたのだ。またこれを繰り返すのか?そう気づいてから体が動かなくなった。その後、胸に絶望感を持ったまま帰宅して今に至る。

 

ならばどうするのか?それでも前のような日々に戻すか?また体調を崩すだけ。自分にできることからやり直すか?具体的には?それは会社の要求レベルに合っているのか?

 

どう見ても詰みです。本当にありがとうございました。

 

今日はこの辺で。